「菜穂子・楡の家」(堀辰雄)

味わうべきは「三者三様の女の生き方」

「菜穂子・楡の家」(堀辰雄)新潮文庫

三村夫人は娘・菜穂子との関係に
悩んでいたが、久しぶりに会った
おようのすがたから、自分の考えが
変わっていくのを感じる。
もしかしたら不仲な親子関係は
自分だけの思い込みで、
他者から見ると決してそうは
見えないのではと…。

本書は「楡の家」「菜穂子」
「ふるさとびと」の3つの独立した
小説から成り立っています。
それぞれは個別の作品でありながら、
登場人物は共通していて、
一つの作品世界を構築しています。

読みどころとしては、
「楡の家」は
「三村夫人と娘・菜穂子の関係と
結婚観の相違」、
「菜穂子」は
「主人公・菜穂子、夫・圭介、
菜穂子の幼馴染み・明の
それぞれが抱えた孤独」、
「ふるさとびと」は
「おようの凜とした生き方」と
いうことになるでしょうか。
でも、3篇を一つの有機体として
読んだとき、味わうべきは
「三村夫人・菜穂子・およう
三者三様の女の生き方」ではないかと
思うのです。
ここで3篇で描かれている3人の姿を
もう一度ふり返ります。

三村夫人は、小説家森於菟彦との恋を、
つつましく踏みとどまります。
恋への情熱をロマンのまま
永遠に保ちたいという
独特の美意識からです。
光り輝く森の姿を崇高なものとして
記憶に留めておく、
そのために再婚などしないという
道を選んだのです。

菜穂子はそれに激しく反発します。
男性に夢やロマンを求めず、
甘い恋も求めず、
何の取り柄もない男性と
愛情のない結婚をします。
その点では母親と正反対な結婚観です。
ところが結局は深い孤独を感じ、
精神的な不調を招き、
夫・圭介との結婚生活は
破局の入り口へと向かいます。

恋愛の可能性は
あったのかも知れませんが、
彼女自身がそれを
拒んでいるように見えます。
幼馴染み・明が菜穂子の様子を心配し、
わざわざ療養所を訪ねてきますが、
すれ違うままです。

おようは、恋愛など
できない状況のまま結婚し、
その結婚が自分とその子どもにとって
望ましくないと判断し、
早々に離婚し出戻りしてきます。
自分の意思で自分の人生を歩んでいる
自信が感じられます。

このおようの登場によって、
菜穂子が人生に迷っている様子が
より鮮明になっています。
母親のように美意識から
結婚を拒むのでもなく、
おようのように自らの意思で
結婚生活を終わらせるのでもなく、
菜穂子は自分の人生に迷い、
孤独な世界を彷徨っているのです。

三村夫人・菜穂子・おようの3人は、
3篇それぞれに登場し、
人物像はぶれることなく
整合性を保っています。
同時に、それぞれの作品の中で
3人は見事に交差し、
お互いに少なからざる
影響を与えています。
そしてそれによって
主人公・菜穂子の人物像が
より具体的な輪郭を持って
描出される仕組みになっているのです。
今回再々読し、
作者の緻密な作品構成に
感服した次第です。

プロローグ「楡の家」、
本編「菜穂子」、
そして外伝的作品「ふるさとびと」。
これら3作は
一つの長編作品として捉え、
読み込むべきでしょう。
堀辰雄の晩年の傑作です。
ぜひご一読を。

(2019.8.27)

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